小松石の
周りにある仕事

採石

山から石を掘り出すことが仕事です。重機が一般的になる以前は、石を手で切り出したり、爆薬によって発破をするのが一般的でしたが、現在では重機(ブレイカー)の発展により、大きな小松石をより傷つけることなく掘り出すことができるようになりました。

掘り出した小松石は、石の色がわかるよう、一つひとつ割って並べ、それを加工を行う職人に引き渡します。また、石垣などで使用する「間知(けんち)石」を作ることも仕事のひとつで、磨きなどの加工を必要としない造園や建材は、直接採石場から造園会社・建設会社などに引き渡されることもあります。

左上上左:採石場そばでは、現場で作られた「間知石」の他、ボサ石などの庭石用のもの、墓石用の大きなものなど、種類ごとに積み上げられている。 / 左下上右: ブレイカーと呼ばれる重機で石を砕き、岩壁から剥がしとる。 / :採石場は「丁場」と呼ばれる。採石を行う箇所が変わることで、丁場は日々形を変える。砕石が終わった丁場は、埋め戻して植樹をされる。 / 下: 採掘された石は、矢をうち込み割る。

加工

丁場から採石した本小松石を、切削や研磨をすることで製品にする仕事です。現在は機械による加工が主流ですが、字彫りや彫刻、細かいヒビを見つけたり機械が出来ない繊細な作業は、いまだに職人の手仕事が欠かせません。また、小松石特有のものとして、墓石など複数の部品によって作られる製品を作る場合、同じ色の小松石を見つけ出し、組み合わせる作業も、加工の仕事の一つです。

真鶴町内では、階段や石塔などに職人の技術が見られる場所が多々現存します。

:異なる色の石を組み合わせ墓石にするため、常に工場内外は石のストックが所狭しと積まれている。/ 右上中左: 現在、字彫りはサンドブラストを使ったものもあるが、深く、抑揚をつけた筆文字は、現在でもノミによって一打ちずつ丁寧に彫られいる。 / 右下中右: 旋盤機での加工。機械の馬力は仕事の効率を格段に上げたが、細かい精度が求められるものは変わらず人の手で行われている。 / 下左・下右: 同じ作業をする道具でも、細かく段階によって使い分けられる。

運搬

真鶴の石材産業の発展の要因の一つとして、採石場から海に面した港までの距離が比較的近いことが挙げられます。当時はトラックなど大型の陸路輸送が発達していなかったため、海上運搬によって都市部へ運ぶことが一般的でした。それによって、鎌倉幕府から始まり、江戸城の建造、江戸大名の屋敷、開国・海防、そして現在の貿易拠点である京浜地域と、首都圏の発展に伴う石材需要に応えることができました。

現在では石材の運搬会社は町内で一社のみとなり、船も大型のもの一隻となりましたが、緻密で堅牢な小松石は埋め立ての地盤としても適しており、現在でも京浜地域をはじめとする関東一円の港湾工事の基盤を担っています。

左上上左:真鶴港には、定期的に石の運搬のための大型船が停泊している。この一隻でダンプカー150台分が載積可能。 / 左下上右: 港湾工事で使われる石は、墓石などに使えない小さなもの。それでも重さは30キログラムから200キログラムと、一昔前ではひとつ運ぶのも容易ではない。 / : 石を積んだ港から望む真鶴の町。石の産業は現在でもこの町の景色を作り続けている。